「ばけばけ」を10倍楽しむ！トキとヘブンの実在モデル

2025年11月05日
ばけばけイメージ

NHK連続テレビ小説「ばけばけ」のヒロイン・松野トキ（髙石あかり）と、その夫となるレフカダ・ヘブン（トミー・バストウ）。没落士族の娘と異国の新聞記者の、奇妙で愛しい夫婦の物語は、日本の文豪・小泉八雲（ラフカディオ・ハーン）とその妻・セツの史実をモデルに描かれています。

ドラマでは大胆な脚色が加えられていますが、実在の八雲とセツの夫婦生活には、ドラマ以上に”不思議で、そして愛に満ちた”エピソードが溢れています。
史実とドラマを比較して、「ばけばけ」をもっと深く味わうための「リアル・トキ＆ヘブン夫婦」の秘話に迫ります。

「ばけばけ」あらすじ

明治維新間もない松江に暮らす士族の娘、主人公の松野トキは、怪談が好きなちょっと変わった女の子。時代の変化によって士族は没落し、父親が始めた仕事も失敗して大借金を抱え、トキの家族も貧乏な生活を余儀なくされます。

そんなある時、ひょんなことからある仕事の話が舞い込んできました。
それは、松江に新しくやってきた外国人英語教師ヘブンさんの、住み込み女中の仕事でした。まだ外国人が珍しかった当時、世間から妾（ラシャメン）との偏見を受けることも覚悟の上で、トキは家族を助けるため女中になることを決意します。

最初はぎこちなかったトキとヘブンの間柄でしたが、分かりあっていく内に、互いの境遇に共感し、また怪談や民話などの物語が好きという共通項を発見します。
二人は「怪談」を通し、急速に西洋化が進む明治の日本の中で、時代に取り残された人々の心の物語に光を当てていくことになります。やがてそれがかけがえのないものに「化けて」いく、そんな夫婦の物語です。

『怪談』の誕生は「夫婦の共同作業」だった


明治時代の日本を海外に紹介した作家として世界的に知られる小泉八雲ですが、彼の代表作『怪談（原題：KWAIDAN）』に収録されている「耳なし芳一」や「雪女」の誕生は、妻・セツの功績なしには語れません。

八雲が松江に赴任した当初、彼は日本語がほとんど話せませんでした。そんな彼に、セツは地元・松江や出雲の古き良き民話、そして人々の間で語り継がれる怪談などを、身振り手振りを交えながら熱心に語り聞かせたのです。

八雲は、妻の語る物語をメモに取り、自分なりの解釈を加えて洗練された英文にしました。
実は、八雲はセツに「日本の幽霊はどんな姿をしているのか？」「いつ、どこに現れるのか？」としつこく尋ねていたといいます。

異国で生まれ育った八雲にとって、日本の幽霊の姿は想像を超えたもの。セツの語りから、八雲は日本の幽霊の美しくも哀しい姿を学び、それを世界に広めたのです。

セツが八雲に『怪談』を提供した――二人の愛の形は、「怪談という夫婦の共同作品」という形で結実したのです。

左目を失った夫の「音の文章」の秘密


ドラマのヘブンも左目にハンデを抱えていますが、実際の八雲も幼少期の事故で左目を失明しています。
西洋人として生まれ育った八雲は、この視覚のハンデがコンプレックスでした。しかし、このハンデこそが、彼の文体を唯一無二のものにしたのです。

紀行文『知られぬ日本の面影』では、松江の空に響く鐘の音、人々が朝日に向かって捧げる柏手の音、橋を渡る人々のゲタの音など、まるで目に浮かぶような「情景」と「音」の描写がなされており、それが八雲の文章の特徴です。

また八雲は、セツが語る怪談や民話を聞くことを通し、実際に「見る」のではなく、「聞く」「感じる」ことで、そこに潜むより深い人の真理を捉えようとしました。彼の視覚に頼らない鋭敏な感性と、妻・セツが彼に伝えた「日本人の心」が生み出した結晶と言えます。

「異邦人の目」ではなく「日本人の心」で綴られた八雲の文章は、視覚の不自由さと引き換えに、妻への愛と日本の美しさを「心の目」で捉え直したからこそ生まれたのです。

主人公・松野トキをめぐる人間関係


ドラマではトキは生まれて間もない頃、雨清水家から松野家へ養女としてもらわれてきたことになっていますが、実際にセツは生家である小泉家に生まれ、8日目に稲垣家の養女となりました。

トキの養父・松野司之介（岡部たかし）、養母・松野フミ（池脇千鶴）、養祖父・松野勘右衛門（小日向文世）は、それぞれ稲垣金十郎、稲垣トミ、稲垣万右衛門がモデルです。

また、堤真一演じる雨清水傳は、セツの実父・小泉湊がモデルであり、北川景子演じる雨清水タエは、セツの実母・小泉チエがモデルです。

「八雲」誕生のキーパーソン、錦織友一のモデル


吉沢亮さん演じる錦織友一は、ヘブンが松江で英語教師として働く際の同僚であり、何かと世話を焼く相棒的存在です。
この錦織のモデルは、実在の人物・西田千太郎（にしだ せんたろう）です。

西田は八雲を松江に迎え入れ、住居の確保や生活のあれこれを手助けしました。そして何より、八雲とセツの出会いの仲介役となった、まさに「小泉八雲」誕生のキーパーソンです。

当時の松江では、外国人の八雲に対する好奇の目や偏見も少なからずありました。しかし、西田は八雲の日本への真摯な愛情を理解し、彼の良き理解者として支え続けました。
西田がいなければ、八雲は松江で安住の地を見つけることも、セツと出会い結婚することも、そして日本に帰化して「小泉八雲」となることもなかったでしょう。

ドラマで描かれる錦織とヘブンのコミカルで心温まる交流の裏には、「異文化を超えた友情」という揺るぎない史実があったのです。
小泉八雲とセツ夫妻の生涯は、まさに「うらめしくもすばらしい」時代の波に翻弄されながらも、怪談という共通の愛を通して深く結びついた、特別な夫婦の物語です。

フィクションとして再構成された『ばけばけ』の物語を、モデルとなった二人の「奇妙で愛しい」実話と重ね合わせることで、彼らが愛した明治日本の美しさ、そして夫婦の絆の深さを、より一層感じることができるでしょう。